祈らない決断

1906年の春、エディット・シュタインは14歳で女学校を卒業した後、上級の実科ギムナジウムに進学するまでの待機期間に、ブレスラウの母親のもとを離れて、ハンブルクに住む姉エルゼを訪れた。エルゼが二番目の子を授かったので、子供の世話と家事を見習いとして手伝い、同時に姉の話し相手になるためであった。この頃のエディットは、それまで収めてきた学校での最優秀の成績に、少し翳りの見える時期であった。

「その理由の一つは、さまざまな問い、とくに世界観的な問いを私が考え始めたということでした。このような問いについて、学校ではほとんど語られることはありませんでした。」

ユダヤ教の信仰に包まれたブレスラウでの生活に対して、エディットがハンブルクで経験した姉夫婦の家庭は全く宗教的な雰囲気のないものであった。世界観的な問題に悩むエディットは、そこで信仰に関わる重大な決断をした。

「ハンブルクの頃を振り返ると、それはある種の人形劇のようであったように思います。私の人間関係は狭い範囲に限られ、私は家の中よりも自分の内的な世界の中で、もっぱら生きていました。家事の邪魔にならないときは、本を読みました。私は自分のためにならないものも、いろいろと聞いたり読んだりしました。義兄の専門〔皮膚科〕に関わるもので、15歳の少女を読者として想定していないものも家の中に持ち込まれました。マックスとエルゼにはまったく信仰心がなく、この家のどこにも宗教は存在していませんでした。この家で私も、まったく意識的に、自由な決断で祈ることをやめました。私は将来についてよく考えていませんでしたが、依然として自分には何か大きなことが定められているのだと、確信していました。」

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